低血糖
「部屋の人が倒れてます。」
夜勤の始まりはこの一言から。冷静に情報を伝える患者さんは元医療従事者。
確かに部屋の前で倒れている。顔色悪くベットに自分で戻ることができないので、抱えてベットへ。血圧は80代、血糖は70代。低血糖の症状が出ているから、本人の持っているブドウ糖を取らせる。
最近多いのは糖尿病の患者さん。アルコール依存症の患者さんは飲み食いしないでお酒ばかり飲んでいる人が多いから案外、入院時は血糖コントロールはいいので少し様子見ているとトンデモない状況になっている人もいる。
最近の例だとHbA1cという血糖コントロールの指標が11.0を超えてて、食事以外にお菓子をもらっては食べていたのが原因らしい。いろいろな患者さんを見てきたが糖尿病になる患者さんは「わがまま」な人が多い。自分に甘く、他人に厳しい。
自分自身も自分に甘いから、糖尿病にならないよう気を付けなければ。
精神労働
「少しお酒ないか?」
消灯後に看護室に出てくる患者さん。病院でお酒配っているところあったら教えてほしい。病院に最近ではコンビニもあるけど、お酒なんか売ってないですよね。依存症治療の病院です。手指消毒のアルコールだって厳密な扱いしているくらいなのに。
保護室も今日は大賑わい。一人ひとりに異常に時間がかかる。おむつ交換が楽に思えるくらい。理由もなく怒り出す人、拒薬があって説得に時間がかかる人・・・。
極めつけは「私ばっかり注意する」と猛抗議の患者。あんたが部屋で消灯後もバタバタしているから注意しただけだよね。他の看護師さんは注意しないのかと聞いたら、「時々注意される。」と。「じゃ、私だけじゃないですよね。」と話したら逆ギレ。
精神科は肉体労働よりも精神労働が多い。理論矛盾が多く、持論を展開する患者さんには骨が折れる。こちらも相手に乗っからないのが得策だけど、そうも言ってられない状況もある。自分に余裕があってもカチンとくることもしばしば。
うまく自分をコントロールするのは何年たっても難しい。桜も満開だし、気分転換にでかけてくるか~~
鉾と盾
「何読んでるの?」
食堂でスポーツ新聞を真剣に見ている20代男性。
のぞき込むと・・
スポーツ新聞に出ている昭和AVの宣伝広告。
ガン見している題名は
「純粋な制服姿が美しいガイドさん 新任バスガイドとめぐる秘境ツアー
~狙われた秘境ツアー 新任バスガイド~」
私は広告読んで笑ってしまった。よくこんな題名思いつくな~と。
スポーツ新聞を入れているのも良し悪しで、禁欲生活を強いられる病棟では刺激が多い。書籍の差し入れはいいが、エロ本はダメと言っているのにかなり矛盾してしまう。
今もいる患者さんだけど、以前若い男に夜這いをかけたそうだ。結果は惨憺たるもので、顔が大きく晴れてしまうほど思いっきり殴られたそうだ。そのまま保護室行き。その後もその人への妄想は消えず、夜になると看護室の前で彼が階段から上がってくると同じ位置、同じ場所で過ごしている。
性の多様性が叫ばれて久しい。病棟内でもゲイとカミングアウトしてしまったゲーム依存の患者さんもいる。閉鎖病棟の禁欲生活は違った意味で性の多様性が浮き彫りになったりするから面白い。
睡眠と精神科
「勝手に人の家に入ってきやがって!!」
保護室が自分の家!?
認知症の夜間せん妄おじいちゃん。眉毛がつながっているから「両津カンキチ」とか子ザルみたいだからと「モンキーセンター」というカワイイあだ名を看護師からつけられている。
しかし、中身は全くかわいくなくて易怒的ですぐにキレてしまう。
夜中の2時。みんなが寝静まった丑三つ時。
保護室内で壁に向かって立ちション。そこまではよかったが、自分のおしっこで転倒。助けないわけにはいかず、夜中の保護室へ入ると冒頭の暴言。大声をあげるもんだから、一通り片付けをして退室。着替えは受け付けないから朝方にした。興奮しているから手が付けられない。
朝方は眠気が強くて食事もままならない。子どものように食べながら寝てしまっている。
アルコール性認知症患者さんに多いのがこのパターン。結構、夜間せん妄起こします。自分じゃ着替えすらもできないのに、怒り出して受け付けない。家族も大変だったろうな~と改めて感じる。
ちょっと愚痴るなら日勤の看護師!ちゃんと夜寝るように薬剤調整してもらっとけよ!!アルコール依存症に関係なく、精神科の治療で重要なのは「睡眠」。まず寝てもらうことが大切。寝れると途端によくなる患者さんも多い。精神科看護では睡眠チェック表なるものもあるくらい。
生活リズムって大切なんだと精神科に努めて改めて思った。そういう意味じゃ、夜勤やっている生活は身を削っているのかもね。年取って自分の尿で転倒したくない。
朝陽を受けながら放尿の片づけするか~
歓喜の声のなか換気
「やった~!!!」
歓喜の声が病棟内に響きわたる。
「痛いからやめてよ!」
と、目の前の怒り狂う患者を抑えながら敵便中。心は歓喜の渦。指は肛門の渦の中。
昨日から病棟内視聴率は7割。普段アルコール依存症のプログラムに出てこない人まで真剣にTVを見ている。アウトひとつ、ホームランひとつに一喜一憂している。
今日はプログラム中止したらいいんじゃないかという意見もあった。もはや国民的行事なのに、プログラムなんて真剣にやる人はいない。それでも強行する作業療法士。しかし、一部の怖い看護師からの意見で、プログラムを早めに切り上げてTV見ることにしたらしい。
こういう日はあってもいいと思う。年齢関係なく同じ気持ちでいるってなかなかない機会。看護師的な言い方すれば「共感性」を持つって大切。アルコール依存症の問題点は相手の立場に立てない共感性の欠如も大きな問題点だから。
看護師の話抜きに、年齢を重ねると感動とか、共感するとか、そういうのがなくなってしまう。ERというアメリカドラマの中でのワンシーンにカーター先生が患者家族から言われたひとことがある。「先生のように一生に一度でいいから人に感動を与えることができたらいいな」と。そういう看護師を目指したい。
感動的なシーンはYouTubeでみるか。
本当に日本の選手の皆さん、おめでとう!!そして、ありがとう!!
看護室の窓口は「なんでも相談窓口」
5:45 そろそろ起床時間。空が明るくなってきた。
88歳のおじいちゃんが看護室へ
「すみません。ちょっと質問が・・・夕食給仕してもらったっけ??」
本人は真剣。笑っちゃいけないが、こらえられない。
「給仕しましたよ。いま、朝です。」
キョトンとしている。不思議そうな顔をして部屋に戻っていく。普段は寝ていて、食事の時だけ食堂に姿を現す。アルコール依存症の患者さんだけど、高齢でプログラムには当然のらない。自宅では大虎で、飲んでは孫にまで暴力振るう酷い依存症患者。家族からは「島流し」にあって入院になっている。当然、自宅じゃないし認知症は進む一方。
起床後に別の患者さん。
「聞きたいことがあるんだけど、ここは大きいどら焼き買える??」
そういう内容は日中聞きに来てほしい。夜勤帯でどら焼きのこと知っている人いませんから。この患者さん、統合失調症もあって時々話がまとまらなくなる。しかも、2週間前までイレウス(腸閉塞)で死の堺をさまよってた。食べたいという意欲は死をも凌駕してしまう。
さらに別の患者。
「検尿持ってきたけど、ここから出していい?」
窓口から並々尿のはいったコップを渡そうとしてくる・・・。こぼれちゃうから、やめて。
看護室の窓口はある意味「なんでも相談窓口」
今日もいろいろな患者さんが看護師に会いに訪れます。
身体拘束
「服で自殺しようとしたみたい。たまたま見つけたみたいだけど。」
「動画残っているからみてみたら?」
と日勤業務のリーダーから話。画像見ると確かに衣服を柵にかけて首を吊ろうとしている。アルコール依存症も攻撃的な感じに変貌する人もいれば、抑うつ的になって自殺を考えてしまうような人もいる。感覚的には8:2くらいの割合。
この患者さんに限っては、ストレスへの閾値が低く、家族への過度な依存もあって年齢以上に幼い。パフォーマンス的に自殺しようとしてしまう。
短期的にはなるけど身体拘束をしながら患者さんの身を守り、薬剤調整をしていく。そんなわけで、出勤したら拘束されていた。
若い医者だけになかなか薬剤調整がうまくいっていないのも原因。若い医者に限って、看護師の意見を聞かないから余計に困る。精神科看護の面白いところは、理論じゃない部分、五感というか経験に基づく「勘」も看護の要素のなかで重要。患者のちょっとした変化をとらえる力が凄い看護師もいる。この患者さんの自殺企図がありそうだから気をつけろと最初に言っていたのも、経験が長い看護師さん。
なんでも理論、エビデンスという風潮が看護の中にも定着してきている。それは確かに重要。「勘」を理論的に説明しなきゃいけないのは分かっているが、そうはいっても難しい。
人を扱っている以上、いろいろなことが起こりうる。特に精神科では自殺の問題もある。どんなに警戒していても防ぎきれないのも事実。20年近く仕事しているが、飛び降り現場や首つり現場を目撃することもあった。普通に生活していたら考えられない現場を何度も経験している。仕事とはいえ、きつい時も時々あった。
それだけに、これからももっとその観察眼というか「勘」を磨いていきたい。