アルコール依存?薬物依存?・・いや若年性認知症
「入院してだんだん食べなくなってきたよね。」と中堅看護師
確かに入院してからだんだん食べなくなってきた。40歳代後半の男性。もともとはアルコール依存症という診断で入院してきていた。以前の職業は夜のお仕事。バーの店長をしていたらしい。バーの店長がアルコール依存症になるんだと、入院時の記録みて驚いた。バーのときは羽振りもよかったみたいで、薬物にも手を出していたみたい。入院時に本人から経過を聴取するときにそんな話をしていた。
入院する前から食事もそれほどとらなくなってきていたみたいで、バーの店長をしているような感じは全く受けなかった。入院後も髭は剃るよう言わないとぼさぼさ、1日中寝ていて、入浴もしないため介助で入浴する始末。バーの店長の面影は全くない状態。
食事も1割程度にだんだん減少してきて、本人に食べない理由を聞いてみたら
「食べる気が起きないというか・・、あんまりお腹すかないんですよね。」と暗い顔。
脱水も進んできたため、点滴をすることになった。
食べなくなるって高齢者の認知症でも見られる症状の一つ。医師とのカンファレンスでそのことを話して、認知症のテストをしてもようという話になった。
結果は・・
「若年性認知症でいいと思う。」と医師から。
アルコール依存症の患者さんには時々見られるみたいな話しだった。お酒もほどほどに飲むのがいいのかもしれない。
アルコール離脱症状全開
夜勤に入る前。病棟に入ると看護師がモニターの前でたむろっている。こういう時は大抵、不吉な空気感が漂っている。
モニターをのぞき込むと患者が暴れている。60歳代の男性、自営業をしていたみたい。店をやっていたが飲酒が増えて継続できなくなり廃業したようで、廃業後からさらに飲酒が増えるという悪循環に陥っていたらしい。
「朝からだんだん酷くなって、今この状態。」と男性看護師が笑顔で私に話しかける。アルコールの離脱症状真っ只中。汗だくで幻覚妄想状態。なかなかここまで酷い患者さんには出会わないが、たまに教科書通りにアルコールが抜けてくると症状が出る人がいる。まさに生きた教科書。
「今夜は薬も飲まないだろうし、荒れるかもね~」と別の看護師が笑っている。
夜中にそんな荒れては困るし、他の患者も寝れない状況になるのはよろしくない。とにかく本人がかわいそうだ。
「とりあえず、先生に聞いて注射しておきましょう。」と上司の指令。こういう時は経験がものをいう。正しい判断。
医師の許可を得ていざ保護室へ。幻覚が酷くて「壁に・・壁に・・壁に!!何かいます!!」と落ち着かない。汗だくで着ているものは汗でビチャビチャ。男性看護師3人がかりで落ち着かせて、なんとか注射。注射後はちょっと力ずくで着替えをさせた。
注射後はすやすやと寝てくれた。後日、この時のことを本人に確認するが全く覚えてない。「本当にそんなことありました??」と不思議そうな顔をしている。アルコールが抜けちゃえば普通のおじさんで、とても穏やか。何が彼をお酒に走らせたのか、理由は分からずじまい(カルテにも乗ってなかったし、本人も言いたがらなかった。)。
断酒プログラムへの参加も順調、晴れて退院を迎えた彼が言った一言が印象的だった。「妻だけはまだ許してくれないんです。何度も謝ったんですけどね・・。」と寂しそうだった。アルコール依存症は本人の自覚以上に家族が苦しんでいる例も多い。家族も相当疲弊している例も何度もみている。それだけに家族も許せないのかもしれない。
80歳代、高齢アルコール依存症
「また入院してくるみたいです。」と病棟クラークさん。
「えー」と看護師一同。
80歳代の耳の遠いアルコール依存のおじいちゃん。病棟も徐々に高齢化して、アルコール依存症の初回入院が80歳代もざらになってきている。この患者さんはどちらかといえば認知症で、アルコール依存症は2番目の診断。もともと農家で仕事の合間にお酒を買っては飲んでいたみたい。
お酒を飲んでは失禁したり、玄関で寝たり、家族が見切れなくなって病院へ「治療」と称して入院させたのが現実。基本的には薬物治療とプログラムへの参加で「治療」をしていくが、この患者さんはその治療に乗らない。物理的にお酒を止めれば問題ないわけで、介護施設でも十分。ここは闇の部分で治療費の方がはるかに介護施設に入るより安いということもある。
「今日帰る予定だけど、どうしたらいい?」と大声で何度も看護室へ来ている。
本人もこんなところにいないで自由に暮らしたいだろう。ご飯食べて寝てるだけの生活よりもよっぽど自宅で過ごした方が健康的。しかし、家族も戻ってこられては困ると医師との面談の時話していたらしい記録があった。
社会的入院という言葉があるが、この患者さんはまさにその一人。それが精神科であり、社会的に受け皿がない現実なのかもしれない。