夜勤に入る前。病棟に入ると看護師がモニターの前でたむろっている。こういう時は大抵、不吉な空気感が漂っている。
モニターをのぞき込むと患者が暴れている。60歳代の男性、自営業をしていたみたい。店をやっていたが飲酒が増えて継続できなくなり廃業したようで、廃業後からさらに飲酒が増えるという悪循環に陥っていたらしい。
「朝からだんだん酷くなって、今この状態。」と男性看護師が笑顔で私に話しかける。アルコールの離脱症状真っ只中。汗だくで幻覚妄想状態。なかなかここまで酷い患者さんには出会わないが、たまに教科書通りにアルコールが抜けてくると症状が出る人がいる。まさに生きた教科書。
「今夜は薬も飲まないだろうし、荒れるかもね~」と別の看護師が笑っている。
夜中にそんな荒れては困るし、他の患者も寝れない状況になるのはよろしくない。とにかく本人がかわいそうだ。
「とりあえず、先生に聞いて注射しておきましょう。」と上司の指令。こういう時は経験がものをいう。正しい判断。
医師の許可を得ていざ保護室へ。幻覚が酷くて「壁に・・壁に・・壁に!!何かいます!!」と落ち着かない。汗だくで着ているものは汗でビチャビチャ。男性看護師3人がかりで落ち着かせて、なんとか注射。注射後はちょっと力ずくで着替えをさせた。
注射後はすやすやと寝てくれた。後日、この時のことを本人に確認するが全く覚えてない。「本当にそんなことありました??」と不思議そうな顔をしている。アルコールが抜けちゃえば普通のおじさんで、とても穏やか。何が彼をお酒に走らせたのか、理由は分からずじまい(カルテにも乗ってなかったし、本人も言いたがらなかった。)。
断酒プログラムへの参加も順調、晴れて退院を迎えた彼が言った一言が印象的だった。「妻だけはまだ許してくれないんです。何度も謝ったんですけどね・・。」と寂しそうだった。アルコール依存症は本人の自覚以上に家族が苦しんでいる例も多い。家族も相当疲弊している例も何度もみている。それだけに家族も許せないのかもしれない。